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2.5万図

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当日福井市の
最高気温と最低気温
〔 〕は平年値+-

同行者

2007年5月9日

鈴鹿

千草(千種)街道
ちぐさかいどう
甲津畑〜杉峠〜御池鉱山跡
〜佐目峠〜イブネ

杉峠
1042m
イブネ
1160m

日野東部
御在所山


快晴

29.4℃  13.3℃
(+7.5  +1.3)

燈の宗さん

福井市自宅出発530===名神自動車道・八日市IC===滋賀県東近江市甲津畑・勘六左衛門の松725===
岩ヶ谷林道登山口(標高400m)740〜755---善住坊かくれ岩815---桜地蔵840---林道終点855---古屋敷跡(大峠分岐)905---
奥ノ畑谷分岐(丸木橋)920---蓮如上人旧跡925---大シデの木930---丸木橋940---向山鉱山跡955〜1010---一反ぼうそう1025---
杉峠1050---御池鉱山住居跡1115〜1130---沢を詰める---杉峠の頭(1121m)1205---佐目峠1225---イブネ1245〜1410---
佐目峠1425---杉峠1440---向山鉱山跡1530---大シデの木1545---古屋敷跡1600--林道終点1610---桜地蔵1615---
善住坊かくれ岩1635〜1645---登山口1705
                                         ◆往復 休憩時間含む ■出会った登山者7人

2006年11月8日の千種(千草)街道・朝明〜根の平峠〜イブネ〜杉峠〜雨乞岳〜武平峠



ちぐさ街道、近江から鈴鹿の山塊を越えて伊勢に至る街道。蓮如上人が比叡の僧に追われて、信長の狙撃未遂事件、数百人が住んでいた鉱山跡、そして巨樹の在る街道筋。興味津々です。千草または千種と記している。

奇しくも昨秋伊勢側から登った燈の宗さんと同行。ボーダー燈の宗さん今年の初登山、長丁場ですがそこは若さでカバーして頂きたい。
3週ぶりに晴れ渡った水曜日、何故か燈の宗さんと鈴鹿へ行くと晴れる。100%快晴なのだ。

甲津畑の集落に入ると立派な松が目に付く、信長いわれの松。はや歴史街道の始まりだ。
岩ヶ谷林道から軽自動車がやっと通れる狭い林道を歩き始める。平坦な林道、鳥の囀り、芽吹いたばかりの木々清々しい。
信長狙撃未遂事件の「善住坊のかくれ岩」は帰路の時見物しよう〜真新しい案内板が設置してある。謂われと杉峠までの時間が記してあり
何と親切な案内板です。「永源寺地区まちづくり協議会」のご努力に感謝です。

鉱山関係者が設けた「桜地蔵尊」には活きのよい花が供えてある。1時間ばかり歩くと狭い林道は終わって杉林の山道になり「古屋敷跡」に
石垣だけが残り古の人々の生活があったのだろう。

沢には魚影、アマゴだろう〜、丸木橋を渡り周りは杉林から自然林に代わって「蓮如上人旧跡」の広場に出た。古井戸に昭和初期に建てられた石碑がある。
蓮如上人と云えば京から越前吉崎・吉崎御坊へ「御影道中御下向」があり真宗王国福井には馴染みの上人です。

シデの巨樹にシデの並木、よく踏まれた道、とっても雰囲気がよい所。石垣が残る「向山鉱山跡」そして「一反ぼうそう」次々と楽しませてくれる街道です。
峠近くになっても谷水は豊富、いよいよ急な斜面によく掘り下げられた人馬にやさしい九十九折りの峠道。昨秋以来の懐かしい杉峠に到着。
6名が食事中だった。

いよいよ目的地の一つ、御池鉱山跡へ向かう、こちらも急斜面は九十九折りの道。尾根の広がった所に石垣の階段、家の基礎石に茶碗の破片
数百名の営みがあったのだろう。今はキャンプサイトして使われているようだ。

さて〜とお腹の虫が鳴き始めている、展望の良いイブネに上がって昼食にしよう〜。杉峠へ戻るのも面倒だ、小さな谷を詰め杉峠の頭へ薄い藪に入る。この一帯のブナは芽吹いたばかり明るく見通しが良い。佐目峠から一息だが長時間歩いて脚は重くピッチ上がらず。

平坦になったイブネは小さなタテヤマリンドウが踏みつけるばかりに一面に咲いている。見渡すと今まで登った竜王山、綿向山、雨乞岳、鎌ヶ岳、御在所岳が目の前に見え、遠望は靄って今一だった。

遅い昼食でこの調子だと昨秋イブネで出会った中川さんの写真展が東近江市役所で開催されていが17時までで間に会いそうもない。
心残りだが諦めて昼食後昼寝するのです。

見所いっぱいの千草(千種)街道、歴史街道に巨樹の森、僕好みの堪らなく素晴らしい街道でした。



勘六左衛門の松 滋賀県東近江市甲津畑
当家の祖先速見勘六左衛門は信長公記事にもしばしば出てくるこの地方きっての郷士で、戦国時代の初期に最も活躍した。
織田信長が近江路へ入るに際しその召しに応じ、数々の武勲をたたえている。信長はそのため近江と美濃尾張を往復の
とき、この千種街道を利用している。その際、杉峠より布施(八日市市)までの間を警護したのが勘六左衛門であって、
とちゅう信長はいつも当家で休憩していた。この見事な松は信長のもっとも愛した木で、信長の馬をつないだところから、
別名「信長馬つなぎの松」とも呼ばれている。
〜案内板より〜

帰路で撮りました

真新しい案内板が要所要所に在り合成写真にしてみました

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ツルベ谷出合〜大峠に至る

丸木橋を渡り右へ行けば奥ノ畑谷へ

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シデの巨樹 右端の石碑は昭和初期に亡くなった向山鉱山主 佐野育造氏の石碑
近江と伊勢を行き交い茶屋・宿泊所が在った所

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杉とシデの巨樹

向山鉱山跡

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