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年 月 日

山 名

標 高

2.5万図

天 気

当日金沢市の
最高気温と最低気温
〔 〕は平年値+-

同行者

2005 4/27

後高山
しりたかやま
奥獅子吼山
おくししくやま

649m

928.1m

鶴来・口直海


快晴

23.3℃  8.8℃
(+4.3  -1.2)

単独

行 程
福井市自宅出発530====石川県白山市(旧・鶴来町八幡町)パーク獅子吼(標高170m)700〜710---月惜峠810〜815
---スカイ獅子吼840---後高山845---月惜峠(標高550m)915---樹木園分岐1015---奥獅子吼山1115〜1225---
樹木園分岐1320----樹木園(石川県林業試験場)(標高180m)1435〜1510===車道===
白山ひめ神社(白山さん)1515===車道===パーク獅子吼1535
                                  ◆周回 休憩時間含む ■出会った登山者 6人



春は「カタクリの花咲く道」カタクリロードと云うらしい。山は何時もより多くの残雪で今が見頃だろうと出かけた。
パーク獅子吼は早いこともあって駐車場に入れず車道脇の空き地に止めた。パーク獅子吼の中に入ると奥獅子吼山への案内板がある。
杉林の中、つづら折りの優しい道を20分ばかり進むと若い牡のカモシカのお出迎え、写真を撮れとばかりにポーズをとってくれる。歴史を感じさせる優しい道は月惜峠まで続く。峠近くになって登山道両脇にはカタクリの花、正しくカタクリロードである。
月惜峠から左に進んで後高山、スカイ獅子吼へ向かう。。スカイ獅子吼のスキー場ゲレンデを登ると後高山。山頂から手取川の扇状地が見下ろせる。後高山を後にするとようやくゴンドラリフトの試運転始めた。
20才代の頃、スキーで一度滑っているのだが人工芝を張りつめてあって様変わりしている。ハンググライダー・パラグライダーの基地で日本では有名らしい。

月惜峠に戻って奥獅子吼山への稜線漫歩、アップダウンは気になるほどでもなく此処もカタクリロード。
樹木園分岐過ぎると登山道は所々残雪に隠れる。登山道が判らなくなると云うことはない。ミズナラと花を付けているマンサク・コブシ・ヤマザクラで賑わっている。イワウチワは蕾だけ。

山頂近くになってようやく雪に覆われた白山が見えてくる。セイモアスキー場のゲレンデも一面雪の斜面だ。今年は何時になく残雪が豊富だ。ここで地元鶴来の大きなカメラを持った人が降りてきた、今日初めて会う人だ。林道で上がったとか。

送電線鉄塔と雷を観測・研究していると云う建物がある山頂に着く。三等三角点のとなりに北電社有地の石杭。
快晴無風、春霞だろうぼんやり。見慣れている県内からの白山と違って白山釈迦岳が大きく見え、新鮮さを感じます。
石川・富山の県境の山々が望めるがこちらの方はさっぱり判らない。誰もいない山頂で昼食そして昼寝。

下りは花を撮りながら野鳥も沢山いる、大型のミミズクの仲間だろう羽ばたく音にビックリ。
樹木園への分岐からの下りもカタクリロードである。最初は急で杉林になるとつづら折りの道となっていく、この道も深くえぐられて歴史を感じます。

分岐から1時間15分で林業試験場(樹木園)着くが、登山道の案内板は見当たらない。スカイ獅子吼のホームページには
「取り付きが判りにくいため下山路として利用するがよい」と書いてある。しかし2組の人達が登って来ている。通い慣れた人達だろう。

西日を受けた樹木園は遅咲きの桜の木にアマヤドリ・カズミザクラ・フゲンゾウ・カンザンの名札が下げてあった。
白山ひめ神社(ひめ=漢字が出てこない)に手を合わせパーク獅子吼に戻ったのでした。



獅子吼の名前の由来
白山を開山したとされる越の大徳・泰澄大師の伝説は数多い。その中で獅子吼の呼び名も、その伝説の一つとされる。
泰澄が白山への登山口として現在も祠が残っている、「白山堂」の場所で一夜祈祷修験したと伝えられている。
それから白山をめざす連山の尾根づたいに、奥獅子吼にかけて「仙の堂」「胡麻堂」浄行堂」と宿泊しながら祈祷修験を行った
この四つの堂を四宿(ししゅく)と呼び、仏教の教典の中から同じ音の獅子吼をあてたとされている。


出会った樹木と花


パーク獅子吼 登山口(下山後撮影)

カモシカのお出迎え

カタクリロード

月惜峠

カタクリ

スカイ獅子吼

後高山

鶴来の市街と手取川

スカイ獅子吼から中央奥 奥獅子吼山(左から3番目の鉄塔が山頂)

鉄塔の有る奥獅子吼山

奥獅子吼山手前から白山   中央・セイモアスキー場

山頂北側

樹木園(石川県林業試験場)

白山ひめ神社