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年 月 日

山 名

標 高

2.5万図

天 気

当日福井市の
最高気温と最低気温
〔 〕は平年値+-

同行者

2004 12/1

玄蕃尾城趾
(げんばおじょうし)
(柳ヶ瀬山・中尾山)

439.2m

中河内



14.0℃  5.6℃
(+1.9  +1.5)


行 程
滋賀県余呉町新堂(毛受兄弟の墓)出発1300===柳ヶ瀬トンネル経由===福井県敦賀市刀根林道終点登山口1320〜1325
---久々坂峠(刀根越)1335---玄蕃尾城趾1355〜1425---久々坂峠(刀根越)1440---登山口1450
                                 ◆往復 休憩時間含む ■出会った登山者 0人

行市山登ったあと柳ヶ瀬トンネルを通って9.1km車で移動。一車線のトンネル信号待ち入れても20分で登山口に着くのです。
行市山登ったからには賤ヶ岳合戦時の北ノ庄(福井市)城主・柴田勝家が本陣を構えた玄蕃尾城趾をどうしても訪ねてみたい。
10分も歩くと久々坂峠(くぐさか峠)に着いていまう。朱色の標識には行市山へ3.6km(つるが山楽会)と記してある
最近登山道が出来たのだろうか〜。行市山山頂にも柳ヶ瀬山への標識があった。
【後日、つるが山楽会様に電話で問い合わせしたところ、今年5月刈り込んだとのことでした。3.6kmおよそ2時間、展望は良くないが今の時期だと期待できます〜と】

峠から雑木林をゆっくり登っても20分、雑木林から突然、下草を刈り込んだ処に出た。国指定史跡・玄蕃尾城趾(柳ヶ瀬山・中尾山)だ。土塁・空堀の跡が綺麗に残っている。東西150m・南北250m想像していたより遙かに広大だ。
ここ本陣で勝家はどんな思いで指揮したのだろうか〜援軍の戦線離脱などなど北ノ庄へ敗走し愛妻・お市の方と自刃、まさに戦国時代。


久々坂峠(刀根越え) 玄蕃尾城趾500m・駐車場200mの標示

城趾にある案内板

土塁と空堀

本丸の空堀



柳ヶ瀬隧道(福井県敦賀市刀根〜滋賀県余呉町柳ヶ瀬)1352m
滋賀県余呉町側の入口
石積みのトンネルでした
明治17年完成。当時日本最長(1352m)で
黎明期の技術進歩に大きく貢献し、今でも使用中では2番目に古いトンネルで、現在は道路
トンネルとして活躍中です。

当時、神戸〜東京間の鉄道が部分開通している中、北陸米を大阪の市場に運搬することを主目的に、敦賀線(敦賀〜長浜)は建設された。

それまで北陸米の運搬は舟運(和船)のみで、敦賀・新潟がその港です。
航路は主に「新潟・敦賀〜下関経由〜大阪」
「敦賀(金ヶ崎)〜琵琶湖〜淀川水運」のみで、90日〜半年の所要日数が3日に短縮されました。

〜記念碑より〜